「見えているのに、見ない」──あなたを縛る「故意の盲目」を克服する方法

2011年に刊行された『見て見ぬふり』は、人間が世の中の不快な現実を遮断してしまう身近な心理現象を解き明かします。人はなぜ目の前にある真実をこれほど頻繁に見落としてしまうのか。そのメカニズムと、真実に目を開くために誰もが実践できる方法を提示します。

この本で得られるもの──「見て見ぬふり」を克服する

オフィスで働いたことがあるなら、共有スペースが気づけば荒れ放題になる現象を経験したことがあるでしょう。一日の終わりには、シンクは汚れた食器で溢れ、冷蔵庫は誰も二度と手をつけない残り物でいっぱいになっている。そんな光景です。

なぜこんなことになるのでしょうか? その原因こそが見て見ぬふり、つまり目の前にあるものを見ようとしない心理状態です。職場の散らかったキッチンなら小さな不便で済みますが、見て見ぬふりは、個人のレベルでも集団のレベルでも、大きな災いを招くことがあります。では、見て見ぬふりはどのように働き、どうすれば克服できるのでしょうか?

人は不快な事実や異なる意見を無視しがちである

これから解説していきましょう。本書で学べるのは以下の通りです。

  • 2007年の住宅危機を誰も予測できなかった理由
  • ビーチで裸の人を見たいと思わなければ見えない理由
  • インド最大級の雇用主が毎日運転手と話す理由

法律の世界では、故意の盲目とは、問題があることを知り得たはずで、知るべきだったにもかかわらず、あえて見ないことを選んだ場合に責任が生じるという原則を指します。たとえば、空港で隠し持っていた麻薬が発見された密売人を想像してみてください。

懲役を免れるために、彼は「パッケージに何が入っているか知らされておらず、法律を破る意図はなかった」と主張するかもしれません。しかし法律は、あなたが現実に目をつぶった理由には関心がありません。この場合は、荷物を確認しようとしなかったという事実だけが問題にされるのです。とはいえ、故意の盲目は犯罪の領域にとどまりません。実際、人間はさまざまな状況でこうした態度を取ることが多く、しばしば悲惨な結果を招きます。2007年の住宅危機を見てみましょう。ほぼ誰もその到来を予測できなかったのは、故意の盲目のせいなのです。

住宅危機に至るまでの数年間、アメリカの住宅市場は驚異的なペースで拡大していました。ほとんど収入のない人々が、頭金がごくわずかか、まったくない状態で豪華な住宅を購入していたのです。誰もがやっていたので、何かがおかしいとは誰も思いませんでした。一方、金融業界はますます複雑な金融商品を生み出し続けていました。クレジット・デフォルト・スワップやデリバティブなど、最終的に市場を崩壊させた商品です。しかし、こうした投資商品はすべて、市場が永遠に拡大し続けるという幻想を前提としていました。人々はもっとよく知っているべきだったのです。では、なぜ気づけなかったのでしょうか?

すべては一つの人間的衝動に帰着します。それは、自分と同じ考え方をする人たちに囲まれたいという無意識の欲求です。自分の考えに挑戦されるのは居心地が悪いものです。異なる考えや価値観を持つ人との接触を最小限にする方が、ずっと楽なのです。住宅危機の場合、危険を指摘していた人々はなかなか耳を傾けてもらえず、反対意見を誰も聞きたがらなかったため、自分の主張を裏付けることさえ困難でした。

愛だけでなく、固定観念も人を盲目にする

愛は人間が経験できる最も強い感情の一つですが、そこには本質的な危険も伴います。人を愛するとは、バラ色のレンズを通して相手を見ることであり、必然的に相手の欠点を隠してしまいます。その結果、愛は相手の本当の姿を曇らせ、深刻な結果を招く可能性があります。たとえば、自分のパートナーが子どもを虐待していることに気づかない女性もいます。

警察の捜査などによって事実が否定できなくなるまで、虐待の小さなサインは見えにくいものです。そうしたサインを覆い隠す見て見ぬふりは、しばしばさまざまな恐怖──一家の大黒柱を失うことへの恐れや、パートナーについての思い込みを揺るがすことへの恐れ──によって強化されます。実際、私たちはパートナーについてのイメージが明らかに妄想であっても、それを維持しようと必死になります。私たちのアイデンティティは、相手が自分をどう見ているかに大きく依存しています。だからこそ、相手についての自らの認識を根底から覆すような事実を知ると、自分のアイデンティティも相手のそれと一緒に崩れ去ってしまうのです。つまり、愛は人を盲目にしうる──そして固定観念も同じです。突き詰めれば、人間の脳は葛藤を好まないという事実に行き着きます。

その結果、私たちはこれまでの思い込みを覆す可能性のある事実を、積極的に無視してしまいます。アリス・スチュワートは良い例です。彼女は1950年代に、妊娠中のX線被曝が白血病の発症率上昇と関連していることを発見しました。しかし当時、医療関係者にとって低線量のX線に有害な影響があるとは考えられないことでした。この思い込みのため、人々はスチュワートの研究結果を誤りだと決めつけました。彼らは自分の信念を守り、証拠を無視するためにあらゆることをしたのです。

しかし、長年の論争の末、事実を避け続けることはできなくなりました。明白な事実を信じることを拒む背後にあったのは、心理学者アンソニー・グリーンワルドが全体主義的自我と呼んだものです。それは自分を脅かす考えや相容れない考えから目をそらし、自己イメージを守るために歴史を書き換えることさえあります。この心理的衝動は、まるで内部の警察国家のように機能し、私たちを故意の盲目へと導くのです。

人は危険を無視しがちで、特に集団ではその傾向が強まる

ダチョウが砂に頭を埋めているのを見たことがありますか? あるいは、そういう写真なら見たことがあるかもしれません。この現象はしばしば、ダチョウが安心感を得たり身を隠したりするためにやることとして描かれますが、実際には単なる目の錯覚です。ダチョウの頭は体の大きさに比べて非常に小さいため、砂の中で餌をついばんでいるだけなのに、頭を埋めているように見えることがあるのです。でも、この大きな鳥は現実から身を隠したりしませんが、人間は常に現実から逃げています。

たとえばナチス・ドイツでは、強制収容所のすぐ近くに住んでいた人々が、自分の裏庭で起きていた恐ろしい犯罪について「知らなかった」と主張しました。その残虐行為は明白なものでしたが、彼らはそれを見ようとしませんでした。現実があまりに恐ろしく、起きていることを認めることに耐えられなかったのです。あるいは、もっと身近な例を考えてみましょう。多くの人が、働きすぎや睡眠不足の危険性に無自覚です。しかし研究によれば、一晩眠らないだけで、血中アルコール濃度0.1%に相当する生理的影響が生じることがわかっています。これは多くの国で運転が違法となるレベルです。

ハーバード大学医学部の睡眠医学教授チャールズ・ザイスラーの研究では、病院の研修医が24時間勤務後に針やメスで自分を刺してしまう確率が61%増加することも明らかになりました。それでもなお、多くの人は不平を言いません。直面している危険を見ようとせず、働き続けるのです。つまり、私たち人間は生活の現実に目をつぶる傾向があります。そして、この自己盲目の傾向は、集団の中にいるときにはさらに強まります。実験によれば、一人で部屋にいるときに火事の兆候に気づけば、数秒以内に反応します。

しかし、同じ状況でも集団でいる場合、集団全体の反応時間ははるかに遅くなることがあります。グループの中の一人が煙に気づいても、他の誰も反応していなければ、その煙を無視してしまうかもしれません。なぜでしょうか? 私たちは他者と一緒にいるとき、自分がどう見られているかが重要になります。これが問題を引き起こします。なぜなら、誰も反応していない状況で自分が反応することは、集団内の対立を生む可能性があるからです。結果として、何か言う代わりに、多くの人はただ傍観してしまいます。

服従と同調が人間を真実から目を背けさせる

あなたが兵士で、実行すれば何千人もの無実の命を奪う命令を受けたとしたら、盲目的に従うでしょうか? たとえ非常に道徳的な人でも、人間の自然な服従衝動と戦わなければなりません。この事実は、しばしば人々の道徳的責任感を盲目にします。たとえばイラク戦争中、アブグレイブ刑務所として知られるイラクの刑務所に駐留していた米兵は、囚人を「弱らせろ」と命じられました。

その後、虐待と拷問の大規模なスキャンダルが勃発しました。この命令に対し、兵士たちはCIA職員とともに、強姦、拷問、殺人など、一連の恐ろしい人権侵害を実行したからです。この状況では、曖昧な命令への服従が故意の盲目をもたらしました。兵士たちは自分の行動の道徳的意味を理解できず、ただ命令に従ったのです。この服従への傾向と関連しているのが、人間の同調への衝動、つまり仲間の意見や習慣、ルーティンを受け入れる傾向です。たとえば、1950年代の有名な実験で、心理学者ソロモン・アッシュは、8人の大学生のグループ(実際の被験者は各グループに1人だけ)に2枚のカードを配りました。1枚目のカードには特定の長さの縦線が1本描かれ、2枚目には3本の縦線が描かれていました。そのうち1本は1枚目のカードと同じ長さで、1本は目に見えて短く、もう1本は目に見えて長いものでした。被験者は、2枚目のカードの線のうち、1枚目の線と長さが一致するものを答えるよう求められました。

本当の被験者は常に最後に答えるよう配置され、実験に参加していた7人の「サクラ」は、同じ間違った答えを言うよう指示されていました。結果、実際の被験者の回答の約35%が、サクラの間違った答えに同調しました。被験者は明らかに正解を知っていたはずですが、集団に同調しようとする衝動があまりに強く、真実から目を背けたのです。

距離と分業が故意の盲目を生む

企業が駆け出しのスタートアップから大企業へ成長するにつれ、その成長痛にはほぼ必然的に「手に負えない感覚」が伴います。世界中に突然新しいチームやオフィスができ、それぞれが特定の業務領域に特化するという状況は、コントロールを失うレシピであり、ビジネスにとって悪い知らせになり得ます。実際、世界中に分散しながら中央集権的な管理体制を維持しようとする企業は、さまざまな事業に内在する危険に盲目になりがちです。メキシコ湾で操業していたディープウォーター・ホライズン石油掘削施設を例に挙げましょう。

この深海石油掘削プラットフォームでは、深刻なリスクが日常的に見落とされ、最終的に大惨事を引き起こしました。プラットフォームで火災が発生した後、リグ全体が沈没し、巨大な規模の石油流出事故につながりました。なぜこんなことが起こり得たのでしょうか? 実はこのプラットフォームは、海洋リグ運営会社トランスオーシャンが管理していましたが、リースしていたのは石油大手ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)でした。ロンドンからプロジェクトを監督していたBPは、あらゆる問題に無自覚でした。掘削エリアにガスが漏れる潜在的な危険性、深刻な火災リスク、適切な防火計画の欠如といった危険が存在していたのです。

さらに、サイロ化した事業も故意の盲目を招きます。多くの企業が自社のあらゆる業務を俯瞰的に把握していると主張しますが、パズルの多くのピースが日常的に無視されています。流行のアルミ製ウォーターボトル企業SIGGを例にとってみましょう。このスイス企業は、糖尿病や勃起不全を引き起こす可能性のあるプラスチック製品に使われる合成化合物、ビスフェノールA(BPA)が自社製品には含まれていないとうたっていました。

しかし、SIGGのボトルの内側のコーティングを製造していた下請け業者は、実際にはその有毒物質を使用していました。下請けはこの事実をSIGGに正直に伝えておらず、SIGGも尋ねようとしなかった──つまり、故意に盲目であり続けることを選んだのです。最終的に、SIGGのボトルに少量のBPAが含まれていたことが明るみに出ると、同社は公に評判を失い、CEOは職を失いました。

見て見ぬふりは、あなたの人生や世界のあらゆる場面で克服できる

カサンドラの話を聞いたことがありますか? 彼女の父は古代ギリシャの王で、予言の才能に恵まれていました。しかしカサンドラにとって不幸なことに、彼女の言葉を誰も信じないという運命がありました。この悲劇的な組み合わせのため、彼女が悪名高き木馬の危険についてトロイア人に警告したとき、誰も耳を貸しませんでした。

カサンドラの物語は古代ギリシャ神話ですが、そこから学べることは多くあります──特に内部告発者にとっては。彼らは勇敢な魂を持ち、故意の盲目と困難な戦いを繰り広げ、他者に真実を見させようとします。チェルシー・マニングを例に挙げましょう。彼女はイラクとアフガニスタンでの作戦に関する米軍の最高機密文書をウィキリークスに流出させ、これらの戦争の倫理的側面をめぐる大スキャンダルを引き起こしました。最も強烈な情報は、2007年のバグダッドでの米軍アパッチヘリコプターによる攻撃を映したビデオで、ロイターのジャーナリストを含む数人が死亡しました。ビデオの公開後、この攻撃と戦争全般の倫理について世界的な議論が巻き起こりました。

紛争に関する情報を公開することで、マニングはイラク戦争の恐怖を覆い隠していた人々の見て見ぬふりを、強制的に打ち破ったのです。とはいえ、誰もが内部告発者になる準備ができているわけではありません。でも、自分の見て見ぬふりに他の方法で挑戦することはできます。難しそうに聞こえるかもしれませんが、実際には均質性への衝動を克服するだけのことです。つまり、周りのほぼすべての人や意見に同意している自分に気づいたら、新しい考え方や視点に心を開く努力をすべきです。そのためには、インド最大級の雇用主の一人であるラタン・タタからヒントを得られます。朝、運転手に仕事場まで送ってもらうとき、タタは多くのCEOがそうするように新聞の後ろに隠れたりしません。

むしろ、運転手の隣の席に座り、彼の悩みや考えに耳を傾けながら話します。この過程を通じて、タタは貴重な洞察と異なる視点を得て、自分の故意の盲目と積極的に戦う助けにしています。あなたもタタのように、できるだけ多くの視点を求めて自分自身を挑戦する方法を見つけることができます。

最終サマリー

本書の要点:意図的に現実から目をつぶることは必ずしも悪いとは限りませんが、一般的な姿勢としては危険を招きます。 実際、人間が今日直面している課題の多くは、人々が目を開いて見ようとしさえすれば、はるかに容易に解決できるでしょう。 他者の視点を求め、周りの世界を疑問視することで、自己満足や同調に陥ることを避けられます。

さらに読みたい方へ:『ビヨンド・メジャー』マーガレット・ヘファナン著 本書(2015年)は、苦境にある企業を繁栄へと導くには、人々が発言し、協力し、共有できるようになるための小さなシステム的変化を起こすだけで十分だと述べています。過重労働のCEO一人に支配される会社を、アイデアが花開く革新的なパワーハウスへと変える方法を見出しましょう。

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