冷蔵庫から蒸気機関まで、世界を動かす4つの「絶対ルール」

『熱力学の法則』(2010年刊)は、異なるエネルギー形態の関係を扱う物理学の一分野、熱力学への短くも明快な入門書です。世界的権威であるピーター・アトキンスが、宇宙を支配する「第0法則」「第1法則」「第2法則」「第3法則」の四つの法則を解説します。温度という身近な概念から、エントロピーやエネルギー状態といった難解な考えまで、その仕組みをひもといていきます。

この要約で学べること――宇宙を支配する「絶対の原理」

やかんのお湯が沸騰すると、なぜ蓋がカタカタと鳴るのか。そして、中に入れたジャガイモに火が通るのはなぜか。ガソリンを燃やすと、2トンもの車が動くのはなぜか。冷蔵庫はどうやって食材を冷やすのか。

一見単純なこれらの問いの答えは、すべて「熱力学」の核心へとつながっている。熱力学は、エネルギーの変換を研究する理論物理学の一分野である。気体が膨張し収縮することから、金属が熱されたり冷やされたりすることまで、この宇宙で起きるあらゆる現象は、この学問の法則に支配されている。

この要約では、一流の物理学者ピーター・アトキンスとともに、熱力学の四つの法則(第0法則から第3法則)の内実を探っていく。彼の手法は「当然の前提を一切置かないこと」。温度といった一見自明な概念さえも再定義し、この世界の本当の姿を説明する揺るぎない理論を築き上げていく。

具体的には、以下のような問いに答えていく。

  • 蒸気機関は、生み出した熱をすべて仕事に変換できないのはなぜか
  • 原子を理論上の最低温度まで冷やすと、何が起こるのか
  • なぜ結晶は気体よりもエントロピーが高いのか

二つの系が力学的平衡にあれば、一方と平衡にある第三の系も、必ず他方と平衡にある

熱力学は「系(システム)」を考えることから始まる。系とは、特定の境界を持つあらゆるものを指す。たとえば鉄の塊も一つの系だし、内燃機関も、人間の体も系である。

境界の外側には「外界(まわり)」が広がる。実験室の冷却水槽かもしれないし、大気かもしれない。系とその外界を合わせたものを「宇宙」と呼ぶ。

系は境界の性質によっていくつかの種類に分けられる。蓋のないフラスコなら「開放系」、蓋をすれば「閉鎖系」だ。そして外界から一切の影響を受けない「孤立系」がある。魔法瓶はその近似だ。

用語の定義がすんだところで、熱力学を理解するための最初の概念、「力学的平衡」を見ていこう。

二つの金属製のシリンダーが隣り合っていると想像してほしい。どちらも完全に密閉されているが、両者をつなぐ水平な管が渡され、建物間の連絡通路のようになっている。管の中には、二つのピストンが硬いロッドで固定されて収まっている。

ピストンは、シリンダー内の圧力に応じてロッドを左右に動かす。たとえば右側の圧力が左側より高ければ、右のピストンがロッドを左へ押し込む。逆もまた然りで、まるで押し相撲のようなものだ。

もしピストンがまったく動かなければ、両方のシリンダーの圧力は等しいと推測できる。このとき、二つの系は「力学的平衡の状態にある」と言う。

ここで、この二つのシリンダーを「A」「B」と名付けよう。そこに三つ目のシリンダー「C」を追加して、何が起きるかを観察する。

Cを、可動式ピストンのついた管でAとつなぐ。このピストンが動かず、AとCが押し合わなければ、両者の圧力は等しく、AとCは力学的平衡にあると結論できる。

では、CをAから外してBにつなぎ替えたらどうなるか。何も起きない。ここでも押し合いは起こらない。なぜなら、CとA、そしてAとBが力学的平衡にあるならば、CとBもまた力学的平衡の状態になるからだ。

なぜこれが重要かというと……。

第0法則は熱平衡についての法則であり、「温度」という概念をもたらす

力学的平衡がわかったところで、熱力学の最初の法則である「第0法則」をひもといていこう。物理学者たちはこれを「ゼロ番目の法則」と呼ぶ。

考え方はさきほどと同じだ。いかなる前提も置かない。温度や熱について語る前に、まずはその足場を固めなければならない。そのために導入するのが「熱平衡」という概念である。

先ほどのシリンダーAとBをもう一度思い浮かべてほしい。今回は、ピストンのついた管で連結するかわりに、両者をただ隣り合わせに置き、側面が接触した状態にしよう。さて、何が起きるだろうか。

これらは異なる系なので、互いに影響を及ぼし合ううちに何らかの変化が生じそうだ。たとえば圧力や色が変わるかもしれない。しかし、もし一切の変化がなければ、AとBは「熱平衡の状態にある」と見なせる。

ここに三つ目のシリンダーCを導入し、まずはA、次にBと接触させてみる。最初の接触で変化がなければ、二度目の接触でも何も起こらない。言い換えると、AとBが、そしてAとCが熱平衡にあれば、BとCも熱平衡の状態になる。

これが「熱力学第0法則」である。この段階に至って、初めて「温度」という言葉を口にできる。温度によって、第0法則をずっと簡潔にまとめられるからだ。

最初のセクションでは、力学的平衡を「圧力」という概念で説明した。圧力が等しければ、力学的平衡にあると結論づけた。

第0法則は、熱平衡を決める同様の性質が存在するに違いないと教えてくれる。その正体はまだわからないが、少なくとも名前を与えることはできる。「温度」だ。こうして第0法則は次のようにまとめられる。もしAとBが同じ温度で、BとCも同じ温度ならば、AとCも必ず同じ温度になる。

ボルツマン分布は、ある温度において原子がエネルギー準位にどう分布するかを教える

ここまではピストンやシリンダーを外側から眺めてきたが、系の内部では何が起きているのだろう。それを知るには、原子のレベルまで拡大鏡を当てる必要がある。とはいえ、個々の原子を一つひとつ追うわけではない。これから扱うのは、原子の「集団」である。

こうした微視的な視点に立つことは、19世紀に確立された「古典熱力学」(当時は原子の存在すら広く認められていなかった)を超えた先へと私たちを導く。すなわち、「統計熱力学」の領域だ。統計熱力学は、多数の原子を同時に眺めたときに、ある振る舞いが現れる確率を問題にする。

では具体的にどう扱うのか。そこで登場するのが「ボルツマン分布」である。ボルツマン分布とは、原子が「許容されるエネルギー状態」にどのように分布するかを正確に表したものだ。

一つひとつの原子は決まったエネルギーを持つが、とりうるエネルギーは飛び飛びの「エネルギー準位」のいずれかに限られる。各準位はそれぞれ異なるエネルギー量に対応し、その中間の状態は存在しない。たとえば、学校の体育倉庫にきちんと片づけられたボールをイメージしてほしい。ボールは床の上か、棚のどれかに置かれており、棚と棚のあいだに浮かんでいるボールはない。

ボルツマン分布が教えるのは、原子という名の「ボール」がどこに置かれるかだ。それによれば、あらゆる原子の集団は、利用可能なエネルギー準位に指数関数的に分布する。つまり、最も大きな集団は、とりうる最低のエネルギー状態である「基底状態」にかたまる。それよりわずかに少ない集団が次の準位を占め、その上はさらに少なく……という具合に分布する。

ボルツマン分布はさらに、温度が上がるにつれて原子の集団がより高いエネルギー準位へ移動するとも述べている。分布のかたちはやはり指数関数的だ。低い準位にいる原子が多く、高い準位は少ないという傾向は変わらない。しかし全体として上方向への移行が起こり、下の準位の原子数が減り、上の準位の原子数が増えるのである。

ボルツマン分布が重要なのは、温度さえ決めれば、原子の集団がエネルギー準位にどう分布するかを予測できるからだ。後で見るように、これこそが様々な現象を説明する鍵となる。

また、ここからは温度の新しい定義も導き出せる。すなわち温度とは、原子がエネルギー準位にどう分布するかを示すパラメータにほかならない。

熱力学第1法則――孤立系の内部エネルギーは、仕事がなされない限り一定である

「熱力学第1法則」を理解するには、あらたな概念「仕事」を知る必要がある。日常語としてはおなじみだが、ここでいう仕事は純粋に力学的な意味だ。

基本的な定義はこうだ。「仕事とは、対抗する力に逆らって動くこと」。たとえば滑車が重い物体を持ち上げるのは、重力という対抗する力に抗し続ける「仕事」だ。強風の中でまっすぐ立とうとするあなたの体も、この意味での仕事を行っている。

すべての系は仕事をする能力を持っており、これを「エネルギー」と呼ぶ。ただし、系によって蓄えているエネルギー量は異なり、できる仕事の量にも差がある。しかし、滑車を使おうと電熱器を使おうと、どんな種類の仕事であれ、それが系のエネルギーにもたらす変化は同じである。

これは登山に似ている。麓からスタートして頂上を目指すかぎり、どの登山道を選んでも高度は必ず上がっていく。

それゆえ、系の仕事をする能力は「内部エネルギー」と呼ばれる。「内部」と呼ばれるのは、それが系そのものに属する性質であり、なされる仕事の種類には依存しないからだ。山頂に着いてしまえば、そこまでの道中がどんな景色だったか、どんなに退屈だったかに関係なく、到達した標高は常に同じである。

完全に孤立した系でない限り、仕事の一部は外界へと移動する。たとえば系の温度が上がれば、外界の温度も上がる。逆に温度が下がれば外界も冷える。このように系と外界のあいだでエネルギーが移動する過程を「熱」と呼ぶ。

一方、完全な孤立系では外界への熱の移動は起こらず、外界から熱が流れ込むこともない。したがって、孤立系に外部から仕事がなされない限り、系の内部エネルギーは常に一定に保たれる。これが熱力学第1法則である。

熱を仕事に変えると一部は外界へ逃げ、冷たい物体から熱い物体へ熱を移すには仕事が必要になる

「熱力学第2法則」は扱いにくいことで有名だ。抽象的になりすぎないよう、ここでは蒸気機関という具体的な例から始めよう。

蒸気機関は、一見すると何百もの部品と精巧なピストンやバルブが組み合わさった、極めて複雑な機械に思える。しかし背後にある原理は比較的シンプルだ。蒸気機関には本質的に三つの要素しかない。第一に、高温のエネルギー源――蒸気。第二に、その熱を仕事に変える装置――これがピストンやタービンの役目だ。そして第三に、「低温熱だめ(コールドシンク)」と呼ばれる排熱口で、使われずに残ったエネルギーを熱として外界へ逃がす役割を果たす。

低温熱だめはあらゆる蒸気機関に欠かせない部品であり、熱力学第2法則を理解する手がかりを与えてくれる。なぜなら、それはこう教えてくれるからだ。「熱を仕事に変換するとき、熱の一部は必ず外界へ移動する」。

だが第2法則の内容はこれだけでは終わらない。身近な出来事を見れば、さらに多くのことがわかる。

マグカップに沸騰したお湯を注ぐと、カップ自体が熱くなる。これは何の仕事も行わずに起こる――ピストンも電気も必要としない。熱力学ではこれを「自発的な熱の移動」と呼ぶ。仕事の必要なくひとりでに起こるからだ。

では、うっかり冷ましてしまった紅茶でアイスキャンディーを作ろうと思い、冷凍庫に入れたとしよう。庫内で紅茶はどんどん冷えていくが、それは冷凍庫が境界の外側、つまり台所の暖かい外界へ向けて熱を「仕事として」くみ出しているからだ。

この過程はまったく自発的ではない。飲み物を凍らせるには仕事が必要で、どこかの発電所で燃料を燃やし、冷凍庫を動かす電気を作り出さねばならない。

このことから、次のような結論を導き出せる。「熱は、何らかの仕事が別の場所で行われない限り、低温の系から高温の系へと移動することは決してない」。これが第2法則の二つめの鍵となる洞察だ。

熱力学第2法則――自発的変化において、宇宙のエントロピーは常に増大する

これまでに二つの重要な事実が明らかになった。(1)熱を仕事に変換すると、熱の一部は外界へ移動する。(2)熱は、どこかで仕事がなされない限り、低温の系から高温の系へ移動することはできない。

次なる課題は、この二つの洞察を一つの文にまとめることだ。そのために必要な概念こそが「エントロピー」である。

エントロピーは、系が持つエネルギーの「質」に関わる概念であり、平たくいえば「無秩序さ」の度合いである。たとえば気体中のエネルギーや物質は無秩序に分布しているから、気体は高いエントロピーを持つ。一方、結晶中のそれらは整然と配置されているから、結晶は低いエントロピーを持つ。

系に熱が移動すると、エントロピーも変化する。その変わり方は、初期のエントロピーと移動する熱の大きさによって決まる。

「くしゃみ」を例に考えるとわかりやすい。二つの場所を想像してほしい。一つは図書館――低エントロピーの系のたとえだ。もう一つは商店や人々で賑わう大通り――高エントロピーの系である。くしゃみは、熱として移動するエネルギーを表す。

図書館で大きなくしゃみをすれば、驚いて本を落とす人、舞い散る書類など、かなりの変化と混乱が生じる。だが、にぎやかな大通りでくしゃみをしても、ほとんど何も起こらない。つまり、系のエントロピーが低いほど、エントロピーは変動しやすい。また、大きなくしゃみが小さなくしゃみより大きな混乱を招くのと同じで、熱の移動が大きいほどエントロピーの変化も大きくなる。

これで、先ほどの二つの洞察を検証する準備が整った。まとめると、熱力学第2法則の主張はこうなる。「自発的変化において、宇宙のエントロピーは増大する」。ここで「宇宙」とは、注目している系とその外界の全体であり、「自発的」とは仕事が行われていない状態を意味する。

この文が示しているのは、「仕事を必要とせずに熱が移動するとき、系と外界を合わせたエントロピーは必ず増える」ということだ。では、この理論は実際のところ、どのように機能するのだろうか。さっそく確かめてみよう。

第2法則は、低温熱だめの役割と熱の移動する向きを説明する

先へ進む前に、いくつかの疑問を片づけよう。まず、第2法則をこのように定式化したとき、私たちが最初に立てた命題――「熱を仕事に変えるとき熱の一部は外界へ移動する」――はきちんと説明できるのだろうか。

言い換えるなら、もし蒸気機関が高温のエネルギー源とタービンだけでできていて、低温熱だめがなかったらどうなるのだろう。

それを考えてみる。高温のエネルギー源から熱が去ると、系のエントロピーは減少する(熱源は秩序だった状態に近づく)。ところが、タービンがその熱を仕事に変えて外界へ伝えても、系のエントロピーはまったく変化しない。なぜならエントロピーが変わるのは「熱が移動するとき」だけであり、仕事がなされるときには変わらないからだ。つまり低温熱だめがなければ、タービンから熱が逃げることは一切なく、系のエントロピーは変化しない。

結果として、低温熱だめのない機関では、総合的に見てエントロピーが減少してしまう。しかしこれはあってはならないことだ。熱力学第2法則によれば、自発的変化において宇宙のエントロピーは「必ず増大」しなければならない。こうして私たちは一つの結論に達する。低温熱だめを持たない熱機関は不可能である。宇宙のエントロピーを増大させるために、低温熱だめはどうしても必要なのだ。それこそが、この部品が不可欠である理由だ。

二つ目の命題――「熱の自発的移動は、熱い物体から冷たい物体へのみ起こる」――にもどろう。その逆、すなわち冷たい物体から熱い物体へ熱が移動する状況を想像してみる。

冷たい物体を熱が離れると、そのエントロピーは減少する。冷たい物体は先ほどの図書館のようなもので秩序立っているので、エントロピーの減り方は比較的大きい。一方、その熱が熱い物体(図書館の外の繁華街)に入ると、エントロピーは増えるが、その増え方は小さい。

全体として見れば、宇宙のエントロピーは減少したことになる。第2法則によれば、これは自発的な変化ではありえず、必ずどこかで仕事がなされたはずだ。それはまさに二つ目の命題そのものではないか。こうして私たちは、熱力学第2法則を無事に検証できたわけだ。

しかし、まだ一つの疑問が残っている。そもそもエントロピーとは一体何なのか。無秩序の尺度だと言ったが、その完全な意味はまだ明らかではない。次のセクションでは、この厄介な概念をさらに深く掘り下げていこう。

エントロピーとは、特定の分子がどのエネルギー状態にあるかを言い当てられる確率の尺度である

エントロピーが無秩序の尺度だと言うとき、それはいったい何を意味しているのだろう。この問いに答えるには、分子のレベルまで視点をさらに絞り込む必要がある。

先ほどの体育倉庫を思い出してほしい。ボールはいくつもある棚の上か、床の上に置かれ、どの「階層」のあいだにも浮かんでいるボールはなかった。あれは粒子が許容されるエネルギー状態にどう分布するかを示したものだった。

原子の集団の温度が上がると、それらの原子は床から棚へ、低い棚からより高い棚へと「上方移行」することも確認した。その結果、温度が上がったあとでは、より広い範囲のエネルギー準位(より多くの「棚」)が占有されるようになる。

ただし、私たちがこれまで話してきたのは原子の「集団」であって、無作為に選び出した「一個の分子」がどのエネルギー準位を占めるかまでは語っていない。では、その分子のエネルギー準位を予測するにはどうすればいいのか。

まず、温度が高くなるほど、とりうるエネルギー準位の範囲は広がる。となると、ある特定の分子がどの準位にいるかを言い当てられる確率は、温度が高いほど低くなる。この「分子の占める準位に関する不確かさの大きさ」こそが、私たちが「無秩序の増大」と呼んでいるものの正体である。

パズルのピースは、「絶対零度」にある物質のエントロピーを考えることで完璧にかみ合う。絶対零度とは理論上可能な最低温度で、セ氏マイナス273度にあたる。熱力学ではケルビン温度を使うため、0ケルビン――これが「絶対零」である。

絶対零度において、ボルツマン分布は最も低いエネルギー状態である基底状態しか占有されないことを示している。たとえで言うなら、倉庫を冷凍庫に変えたとたん、すべてのボールが床に転がっている状態だ。さて、ここで分子を一つ無作為に選び出したとしよう。

それが基底状態を占めていることは確信できる。分子のエネルギー状態に関する不確かさはゼロ、すなわち無秩序もゼロ、エントロピーもゼロであることを意味している。

エンタルピー、ヘルムホルツエネルギー、ギブズエネルギーは、熱力学における便利な「会計ツール」である

初めての給料を思い出してほしい。けっこうな額に見えたはずだ。しかし実際に手にする段になると、かなりの部分が税金として引かれてしまうと知ったのではないだろうか。熱から仕事を取り出すときにも、これとよく似たことが起こる。燃料を燃やして蒸気をつくるなど、系が熱を発生させるたびに、その系は「熱税」を支払わされているのだ。

石炭のような炭化水素を、可動ピストンのついたシリンダー内で燃焼させる場面を想像しよう。燃焼によって二酸化炭素と水蒸気が生じる。これらの生成物はもとの燃料と酸素よりも体積が大きい。その増えた体積を収容するために、ピストンは外側へ押し出される。そこには仕事が必要であり、反応で生まれた熱の一部がこのエネルギー支出をまかなうために使われてしまう。

なかにはその逆に、反応後の生成物の体積が反応前よりも小さくなる反応もある。その場合は外界がスキマを埋めるかたちで仕事をしてくれ、結果として系には、熱として放出できるエネルギーがより多く残る。いわば「税金の還付」だ。

熱力学の物理学者がこの「税」を計算するとき、「エンタルピー」という概念を用いる。系のエンタルピーとは、内部エネルギーにこの税額を足し引きしたものだ。これによって、その系がどれだけの熱を発生できるかを評価できる。

しかし「課税」は熱だけにとどまらない。系が仕事を生み出すときには熱税を支払うのに対し、系が熱を生み出すときには「仕事税」を支払っている。これは熱力学第2法則の帰結である。

自発的な変化、すなわち仕事を生み出す能力のある変化は、必ず宇宙のエントロピー増大をともなう。これを「エントロピー税」と呼ぶことにしよう。

この変化を追跡するために、熱力学には二つの会計ツールが用意されている。一つは「ヘルムホルツエネルギー」で、これは温度と体積が一定の過程において、税金分を差し引いた上で系が実際に生み出せる仕事の総量を表す。もう一つは「ギブズエネルギー」で、温度と圧力が一定の過程で系が生み出せる仕事の総量である。

税金の話はこのくらいにして、最後の法則、熱力学第3法則へと進もう。

熱力学第3法則――完全結晶性物質のエントロピーは、絶対零度でゼロとなる

第0、第1、第2の各法則を理解し、エントロピーの正体もつかんだ今、私たちは最後の法則へと進むことができる。第3法則はこれまでのものとは少し毛色が異なり、新しい概念の導入は必要ない。そのかわり、これまでに登場した概念をすべて結びつける役割を果たす。

まず前提となるのは、「循環過程」に関する重要な洞察だ。その名のとおり、循環過程はぐるりと一周してもとの状態に戻る過程である。冷蔵庫を思い浮かべればわかりやすい。冷蔵庫は庫内の物体から熱を取り除いて外界へと移動させるが、冷蔵庫自体の温度は常に一定のままだ。

しかし循環過程では、有限の手続きで物体を絶対零度(0ケルビン)まで冷やすことはできない。たとえば、冷蔵庫に入れた物体を、送り込む電力を少しずつ上げていくことで絶対零度まで冷却できた例はただの一度もない。

エントロピーを直接操作して温度を下げようとする場合も同じだ。その方法の一つに「断熱消磁」と呼ばれる過程があり、これは電子のスピン方向をそろえることでエントロピーを下げる技術である。しかし、この過程を繰り返しても、やはり絶対零度には到達できない。有限の循環過程の繰り返しでは、どんな物体も絶対零度まで冷やすことがまったくできないのだ。つまり、冷却過程には必ず終わりが訪れ、それ以上エントロピーを下げられなくなる点が存在するはずである。

このことを、若干の修正を加えたうえで述べたのが熱力学第3法則だ。第一に、この法則は「完全結晶性物質」と呼ばれる物質にのみ当てはまる。これらは絶対零度においてエントロピーがゼロになる。一方、絶対零度に達してもエントロピーがゼロにならない「縮退系」も存在し、これらは第3法則の対象外だ。

第二に、便宜上、完全結晶性物質のエントロピーは絶対零度で共通の「ゼロ」という値に収束するものとして扱われる。絶対的な値そのものは不明であっても、そうみなす。したがって、第3法則はこう要約できる。「すべての完全結晶性物質のエントロピーは、絶対零度においてゼロである」。

最終的なまとめ

本要約の核心

熱力学第0法則は熱平衡を司り、温度の概念を導入する。第1法則は、孤立系の内部エネルギーは仕事がなされない限り一定であることを示す。第2法則は、エネルギーの無秩序さの尺度であるエントロピーという概念を導入し、自発的変化において宇宙のエントロピーは必ず増大することを明かす。そして第3法則は、完全結晶性物質のエントロピーが絶対零度でゼロに収束することを教える。これらこそが、熱力学を支える柱なのである。

次に読むなら

スティーブン・ホーキング著『ホーキング、宇宙を語る』

この熱力学入門を楽しめたなら、この分野が物理学全体のなかでどう位置づくのか、さらに興味が湧いたかもしれない。その問いへの手がかりを得るのに、スティーブン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る』ほどふさわしい本はない。

専門用語を排した言葉で、ホーキングは「宇宙はどこから来て、どんな最期を迎えるのか」という大きな問いに挑む。その道すがら、時間や空間といった基礎概念、重力などの力、一般相対性理論といった理論を説き明かしていく。基礎を固めた今、スティーブン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る』で、より大きな全体像に目を向けてみてはいかがだろうか。

Add Comment